すみません、もうちょっと吐いちゃいたいです。
相手は私に対してどうこうという気は米粒ほどもないに違いないのだけれど、私が勝手にコンプレックスを感じてしまうことが時々ある。
高校生活は万人共通の経験だという思いを相手から感じるとき。
私は自分のことを話さずにいたから、私のことを相手が知っているわけもなく、だから私に対してどうこうという意図ではないことはわかっているのだけれど。
大学の話や資格の話、学歴がなければできないような仕事の話。これは気にしすぎだよね。
高校をやめたとき、私に説教をした友人がいた。それではいい仕事につけないしいい男もみつからない、その先いったいどうなると思う?お先真っ暗だよ、どうするの?と。私は少々腹を立てて「ありがとう」と同じ言葉をただ繰り返し、わずかな抵抗を示した。どうするのなんて聞かれてもわからない。自分を守るためにそのときできる唯一のことが、人から隠れること、学校に行かない事だったんだから。
成人して二十年経つ間、私にも、人は皆それぞれだなのだと割り切って元気で過ごしていた時期も確かにあったのだ。働いていた約五年間。接客だったけれど仕事も楽しかったし、職場も信頼のおける大人の人ばかりだった。しかし人事で人が入れ替わり、信頼のおける人の替わりにある種のパーソナリティが身近に存在するようになってから私は昔の恐怖心を思い出してしまった。陰で酷い事を言われているという恐怖心。私の妄想であったとしても、その最後の数ヶ月間はひどく疲れる時間だった。仕事をやめてしばらくの間緊張が取れなかったらしく、知らない人とのちょっとした会話のときに声が震えている事が度々あった。
皆が普通にできること、高校や大学に通い続けること、たくさんの他人と普通に人間関係を築いて行くこと。それが私にはできなかった。
大勢で楽しく過ごすなんて、ほんの子どものときを除けば一度も経験がないように思う。大勢の場にいるのは苦痛。
専業主婦になってから、仕事は何かと聞かれて仕事をしていないと答えるときにも罪悪感を感じていた。皆が辛い思いをして働いているのにいい気なものだと思われているに違いないと感じていた。外に出るのは辛いこと、私はその辛いことから逃げている。
でも今更この性質がどうなるとも思えないし、無理をしてどうしようとも思いたくない。
できることならなるべく大勢の中に身を置かずに生きて行きたい。仕事をせざるをえない今、できることなら一人で成り立つ仕事をしたいと心底思う。
弱い人間だと思いたければ思ってもらって結構。生きる資格がないと思いたければ思ってもらって結構。
私がどう生きて行こうとあなたにそれを批判できる理由はないんだから。私の人生にあなたは関係ないんだから。
・・と思われるというのも私の妄想かもしれない。
私の敵は妄想かもね。


コメント
久子さん、読んでいますよ。考えがまとまらないので、読んでいますよとしか書けないのですが。
たぬうささん、読んでくださるだけで充分です。
気にしないで楽しくお話を書けていたときがあったのに、最近はそうではなくなってしまって、書き進めているとこんな思いばかりが浮かんできてしまいます。「美人鏡」を書いているときがいい例で、あれ以来、楽しく広がって行くことが難しくなりました。
だからいっそこうしたら気持ちが楽になるんじゃないかと思い、読まされる方には悪いけれど書いてしまってすっきりしようとしたのです。本当はコメント欄を閉じておこうとも思ったのだけど(何書くか困るでしょ、笑)、それじゃ吐き逃げ?みたいな気もしたので。
書いてみることで、漠然としていた思いをはっきりさせることができました。そして誰かが読むかもしれないところに書いておくことで、自分はもうこれを認めるしかないのだという気持ちにも。
かなりあてにならない収入対策ですが、今、公募情報を調べて応募作を書いています。ここに吐いたおかげ(?)で、肝心のお話はおかしな展開にならずに済みそうです。お話は楽しくなきゃヒットは狙えませんからね(爆
たぶん、コメント欄が開いているのは何か考えがあってのことだと思ったので、コメントしてみました。もにょもにょ。ごもごも(まとまらないあれこれ。笑)。
悩ませたのね、ごめんにゃぁ
久子さん、わたしも読んでますよ。
わたしも、似た体験をしています。
そして、いま、おはなしを書いています。
ひとりじゃないんですよ。
文音さん、読んでくださってありがとう。
とりあえずふたりですね(笑
おはなしは私たちに元気をくれますね。
この世におはなしがあってよかった。