【おにぎりみたいなお話作り】イメージさせないようにする事も必要である

昔話について一時期流行った「本当は恐ろしい」とか何とか。あれは世の大人たちの想像力がたくましすぎたおかげだと思います。

悪い継母が最後に処刑されたり、謎かけ姫のお城が求婚に失敗した者たちのどくろでできていたりという、ちょっと聞いただけではあらぬ想像をしてしまうような場面が昔話にはありますが、これも他の場面同様に詳細を描写されてはいません。簡単な言葉でそれが述べられているだけです。
美人を思い浮かべる際にはっきり具体的な容姿を描かなくても事が足りるように、ここでも聞き手は、はっきり具体的な場面を見る必要はありません。ただ「継母が処刑された」とか「謎かけ姫のお城は失敗者のどくろでできている」という事実が心に留まれば良いのです。
悪い者が最後に滅びるのは「片付けなければならないことがきちんと片付く」という意味で必要な事だし、どくろでできたお城は大勢の失敗者たちを「象徴的に表わしている」に過ぎないのだと思います。

でももしここに詳細の描写が始まったら、大変な事になります。残酷に苦しむ場面や、失敗者の無残で生々しい姿を述べたら、そんな恐ろしい場面は強烈に聞き手の印象に残ってしまいます。恐ろしさにショックも受けるでしょうし、動揺もします。きっとお話を聞くどころではなくなってしまいます。

2013.6.14追記

昔話の特徴などについては、別サイトの「昔話の様式ってこんな感じ」、「文献を自分なりに解釈してみた」にも書いています。

この記事を書いた人
たまに、加賀 一
そだ ひさこ

子ども時代はもちろん、大人になっても昔話好き。
不調で落ち込んでいた30代のある日。記憶の底から突如、子ども時代に読んだ昔話の場面がよみがえる。その不思議さに心を奪われて、一瞬不調であることを忘れた。自分は昔話で元気が出るんだと気づいた。

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