【作品_】「十人の人形」(マトリョーシカ書き直し)

十人の人形

むかしむかしある町に、こどもがひとりおりました。
こどもは小さな宝物を大事に持っていました。宝物は、小さな宝石でした。
ある朝こどもは、宝物を誰にも見つからないところに隠しておこうと思いました。
そしてこどもは庭に行きましたが、庭には庭師がいて、こどもは邪魔にされました。
こどもは次に台所に行きましたが、台所には女中さんがいて、こどもは邪魔にされました。
こどもは今度は屋根裏部屋へ行きました。するとそこにはだれもいませんでした。そして、ぽつんと古い人形が立っていました。人形は赤い服を着ていました。そしてその背中には小さな扉がついていて、中に宝石をしまえるようになっていました。そこでこどもが背中の扉をあけて、宝物を入れてみると、宝物はちょうどぴったりとおさまりました。こどもは宝物の入った人形をもとのようにそこにおいて、自分の部屋へ戻って行きました。

その夜こどもは、人形の中に隠した自分の宝物を見たくなりました。
そしてそっと寝床を抜け出して、屋根裏部屋へ行きました。
ところが、屋根裏部屋には、人形がいませんでした。こどもはあちこち探しましたが、やはりどこにも人形はいませんでした。こどもはたいそうがっかりしてしまい、部屋に戻っても眠れませんでした。そこでこどもは玄関まで降りて行き、大きな扉を開けて外に出ました。外はしんとしてつめたくて、あらゆるものが月の光に照らされて青白く見えました。
すると、そのなかにほんのすこし、赤い色が見えました。よく見るとそれは人形の赤い服でした。人形はちょこちょこと歩いて、家の門を出て行くところでした。こどもはあわてて人形を追いかけました。人形は門を出て、ちょこちょこ歩いて曲がり角を曲がりました。こどもも後をついて曲がり角を曲がりました。するとそこには、赤い服を着た人形が、十人列になって、月の光にてらされて、ちょこちょこ歩いていました。こどもは、そっと気付かれないように、列の後ろをついて行きました。

十人の人形は、みな同じ赤い服を着ていました。どの人形にも、背中に扉がありました。こどもは「これではどの子に宝物を隠したのかわからない」と思いました。そして、十人の列のいちばん後ろの人形の背中の扉を開けてみようと思い、そっと手を伸ばしました。
ところが、こどもが背中にさわろうとしたそのとき、その人形が言いました。
「おかしいな、誰も私の後ろにいるはずがないのに。もし誰かが私の後ろを歩いていたら、すぐに逃げなくちゃ!」
そして人形はくるりと後ろを向きました。こどもはあわてて脇によけ、物陰に身をかくしましたので、見つからずにすみました。人形はまた前を向いて歩き出し、町を出てゆきました。こどももそっと後について、町を出て行きました。

十人の人形はちょこちょこと歩いて、長い坂道にやってきました。人形たちは坂道を登り始めました。こどもも人形たちの後をついて行きました。
ところが、坂道のまん中まで来たときに、いちばん後ろの人形が、ゆらりとよろけそうになりました。それから言いました。
「おかしいな、誰も私の後ろにいるはずがないのに。もし誰かが私の後ろを歩いていたら、すぐに逃げなくちゃ!」
そして人形はくるりと後ろを向きました。こどもはあわてて脇によけ、物陰に身をかくしましたので、見つからずにすみました。人形はまた前を向いて歩き出し、坂道を登り終えました。こどももそっと後について、坂道を登り終えました。

十人の人形はちょこちょこと歩いて、こんどは大きな川にやってきました。川には橋がありませんでした。人形たちは川の向こう岸に行くために、川の水に入って、頭を水の上に出して、向こう岸に向かって進み始めました。こどもも水に入って、人形たちの後をついて行きました。
ところが、ちょうど川のまん中まで来たときに、いちばん後ろの人形が言いました。
「おかしいな、誰も私の後ろにいるはずがないのに。もし誰かが私の後ろにいたら、すぐに逃げなくちゃ!」
そして人形はくるりと後ろを向きました。こどもはあわてて水の中にもぐり、身をかくしましたので、みつからずにすみました。人形はまた前を向いて進み始めました。
こどもはそっと水から頭を出しました。そしてそのときこどもは気がつきました。ほかの人形は肩までしか沈んでいないのに、いちばん後ろの人形は口のところまで水に沈んでいるのです。こどもは「私の宝物はきっとここだわ」と思いました。

やがて、十人の人形たちは向こう岸に着きました。そして次々に岸に上がり、いちばん最後の人形も岸に上がりました。そのとき、夜空にうかんだ大きな月が、雲の後ろにそっと隠れ、人形たちを照らすのをやめました。すると十人の人形たちは歩くのをやめました。そしてただの人形に戻り、少しも動かなくなりました。
こどもは、列のいちばん後ろにいた人形の背中の扉を開けました。そこには小さな宝物が、ぴかぴかと光っていました。こどもは宝物をとり出して大事に自分の手のひらに隠しました。そして今来た川を渡って戻り、坂道を転がり降りました。それから町に入って、曲がり角を曲がり、家の門をくぐりました。それから玄関の大きな扉を開けて家に入り、階段を上がって自分の部屋に戻りました。
こどもは、そっと手をひらいてみました。宝物はちゃんと自分の手のひらにありました。こどもは、窓の外を見ました。夜の空には、さっきまで雲に隠れていた大きな月が、また顔を出していました。
こどもはすっかり安心して、寝床にもぐり込み、やがてすやすやと寝息をたてはじめました。

十人の人形はきっと今でも、月の光に照らされて、どこかを歩いていることでしょう。めでたし、めでたし。

マトリョーシカの話を書き直しました。三題噺ではないのであらたにカテゴリを作りました。
書き直しのはじめの段階では歌の歌詞のように短く、と思っていたのに、一週間こねまわしていたら結局こうなりました。とほほ。

* * *

親切なご支援に感謝します、ありがとう! Thanks for your kind help!
この記事を書いた人
たまに、加賀 一
そだ ひさこ

子ども時代はもちろん、大人になっても昔話好き。
不調で落ち込んでいた30代のある日。記憶の底から突如、子ども時代に読んだ昔話の場面がよみがえる。その不思議さに心を奪われて、一瞬不調であることを忘れた。自分は昔話で元気が出るんだと気づいた。

そだ ひさこをフォローする
古い作品(物語)たち
シェアする

コメント

タイトルとURLをコピーしました