【作品】「金色の小鳥」

金色の小鳥

昔、遠くに海が見える丘に、大きな木が一本立っていました。その木のそばには小さな家があって、お父さんとお母さんと小さな女の子が仲良く暮らしていました。
お母さんはこの大きな木が大好きで、晴れた日には木の下に座り、お芋の皮をむいたり、豆のサヤを取ったり、ときには女の子にお話を聞かせてくれたり、いっしょに歌を歌ったりしました。女の子は、幸せでした。
女の子が少し大きくなったとき、お母さんが重い病気になりました。女の子は昼も夜も看病を続けましたが、お母さんには自分の病気が治らないことがもうわかっていました。女の子は泣きに泣きました。ある春の日、とうとう、お母さんの命の最後が近づいてくると、お母さんは女の子に言いました。
「わたしが死んだら、あの大きな木の下に埋めて小さいお墓をこしらえておくれ。そして毎朝、少しの花を供えて私を思い出しておくれ。いずれ、そのときが来たら私は天へ行くけれど、しばらくの間はおまえのそばにいてあげるから、安心して暮らすんだよ」
そして、次の朝、お母さんは息を引き取りました。
女の子はお母さんの言った通りに、お母さんを木の下に埋めて小さなお墓をこしらえました。お墓は、小さな家の台所からも、玄関からも、どの窓からもよく見えました。女の子は毎朝花を供えて、お墓に話しかけました。お父さんは家にいるときはいつも、お母さんのお墓を見て、涙を流すのでした。
やがて春が終わり、夏が過ぎ、秋も過ぎ、冬になって、大きな木にも、小さなお墓にも、家にも丘にも、雪が積もって真っ白になりました。女の子とお父さんは家の中で赤く燃えるストーブの火を見ていました。お父さんは、
「お母さんが死んでから今日まで、たくさん涙を流したけれど、いつまでも泣いていてはお母さんが天国に行けなくなってしまうから、お父さんは新しいお母さんを探すことにしよう」と静かに言いました。

それからしばらくして、お父さんは新しい奥さんをむかえました。この奥さんには、娘がひとりありました。新しい奥さんと娘は心のねじけた人たちでしたが、お父さんはそれを知りませんでした。
お父さんは女の子に、
「新しいお母さんの言うことをよく聞いて、新しいお姉さんと仲良くするんだよ」と言いました。そして、仕事に出かけて行きました。
女の子と継母と継母の娘だけになると、継母は女の子に、掃除やら洗濯やら料理やら、家中の仕事を全部言いつけて、ひどくぶったり、棒でたたいたりしました。そして自分と娘はおいしいおやつを食べ放題に食べましたが、女の子にはひとかけらもくれず、仕事を休むことも許しませんでした。女の子は、お父さんが帰ってくるころには疲れ果てていました。お父さんが、
「いい子にしていたかい?」と女の子に聞くと、継母が女の子よりもはやく
「ええ、この子はとってもいい子にしていましたよ」と笑って答えました。そしてお父さんに気付かれぬように、怖い顔で女の子をにらみました。女の子は怖くて口をきくことができませんでした。
次の日もお父さんは、
「新しいお母さんの言うことをよく聞いて、お姉さんと仲良くするんだよ」と言って、仕事に出かけて行きました。継母は家中の仕事を全部女の子に言いつけて、ぶったり、たたいたりしました。継母は自分の娘に町で林檎を買って来させ、赤くておいしそうな林檎は自分たちが食べてしまいました。そして、青くてかたい林檎を女の子に向かって投げつけました。女の子の腕には堅い林檎が当たってアザができました。
夕方になってお父さんが帰ってきて、
「いい子にしていたかい?」と女の子に聞くと、継母が女の子よりもはやく
「ええ、この子はとってもいい子にしていましたよ」と笑って答えました。そしてお父さんに気付かれぬように、怖い顔で女の子をにらみました。女の子は怖くて口をきくことができませんでした。
次の日もお父さんは、
「新しいお母さんの言うことをよく聞いて、お姉さんと仲良くするんだよ」と言って、仕事に出かけて行きました。継母は家中の仕事を全部女の子に言いつけて、ぶったり、たたいたりしました。それから、女の子のきれいな服をはぎ取って、ぼろぼろの服を着せました。そして女の子が着ていたきれいな服を、びりびりに破いて灰の中に捨てました。女の子は涙をこぼしましたが、継母はそれを見て笑いました。
夕方になってお父さんが帰ってきました。お父さんは女の子に、
「いい子にしていたかい?」と聞きました。今度も継母が女の子よりもはやく
「ええ、この子は今日もとってもいい子でしたよ」と笑って答えました。そしてお父さんに気付かれぬように、怖い顔で女の子をにらみました。女の子は怖くて口をきくことができませんでした。
継母の娘が夕食を運んできました。女の子の夕食は継母が運んできました。そしてみんなはいただきますをして、美味しそうに食べはじめました。でも女の子は食べることができませんでした。継母が、女の子の食べ物に、たっぷりの塩を混ぜておいたからでした。
お父さんは女の子が何も食べないのを見て、
「どこか具合でも悪いのかい」と聞きました。するとまた継母が女の子よりもはやく
「そうなのよ、もう休んだほうが良さそうだわ、すぐにお部屋へ行って布団に入りなさい」と、怖い目をして言いました。
女の子は食卓を離れると、部屋へ行って、布団に潜り込み、泣きました。そして
「明日も今日のような日だったら、私は本当のお母さんのところへ行こう」と思いました。

次の朝、女の子は誰よりも早く目をさましました。窓から、大きな木の下にある、お母さんの小さなお墓を見ると、お墓が、おいで、おいで、と言っているような気がしました。女の子は寝巻きのまま外へ出て、お花を少し摘んで、お母さんの小さなお墓に供えました。
すると、上のほうから、パタパタと鳥のはばたく音が聞こえました。女の子が上を見ると、小さな、金色に輝く小鳥が高い枝からおりてきて、女の子のすぐそばの枝に留まりました。そして、きれいな声で歌いました。女の子は、まるでお母さんが歌ってくれているような気がして、幸せな気持ちになりました。そして、嬉しそうに笑いました。
ところが、鳥の歌声に目をさました継母が、これを見ていました。そして、女の子が幸せそうに笑っているのを見て、心が憎しみでいっぱいになりました。継母は斧を持って家の外に走り出し、斧をぶんぶんと振り回しながら小鳥と女の子に向かって走ってきました。
小鳥はすぐに気がついて、海のほうに向かって飛んで行きました。女の子は小鳥を追いかけて走りました。継母は何かおそろしいことを叫びながら追ってきました。小鳥は飛び、女の子は走り、飛び、走り、そしてとうとう、海辺まで走ってきました。
女の子が後ろを見ると、継母はまだ追いかけてきていました。小鳥は女の子の服の袖をくわえて、くい、くい、と引っ張って、逃げなくてはだめよ、と言うような顔をすると、波の上の空に躍り出て、そして、飛んで行きました。女の子は小鳥を追いかけようとしましたが、波に入ると足が進まず、小鳥はあっというまに遠くに行ってしまい、見えなくなってしまいました。
どうしよう、と女の子が思ったとき、足もとの水の中に、小さな魚がいました。魚は女の子に、
「私の口の中に入りなさい。あの小鳥のいるところまで連れて行ってあげます」と言いました。
女の子が後ろを見ると、おそろしい継母はもうすぐそこまで走ってきていました。
女の子は魚の口に飛び込みました。魚はくるりと向きを変えると、すーっと泳ぎ出しました。
継母はバシャバシャと波に入り、さっきまで女の子が立っていたあたりまで来てみましたが、女の子の姿も小鳥の姿も見えませんでした。ただ、小さな魚が泳いで行く後ろ姿が見えただけでした。その魚の姿も、すぐに見えなくなってしまいました。

さて、女の子は魚の口のすき間からまわりを見ていました。水面近くは光の模様がゆらゆらとゆれてきれいでしたが、魚が深いところに潜ってしまうと、昼間なのにうす暗く、何も見えない寂しい景色が続きました。そして夜になると、海の中はひとすじの光も無く、冷たく、自分が目を開いているのか閉じているのかわからないほどの真っ暗闇でした。女の子は
「私はちゃんと前に進んでいるのかしら、それとも知らないうちにあのおそろしい継母のいるところに逆戻りしているのかしら」と考えてぶるぶると体を震わせました。女の子が口の中で震えているので、魚は言いました。
「大丈夫、私にはちゃんと見えていますから。これから何日も進まなくてはなりませんから、今日はもうお休みなさいな」
女の子はそれを聞くと、安心して、そしてぐっすりと眠り込みました。
魚はそれから百日間泳ぎつづけました。そして百日目の朝に、すうっと水面近くまで来ると、女の子に言いました。
「さあ、私の役目はここまでです。水から上がって、金の小鳥を捜しに行きなさい」
女の子が魚の口から出ると、真っ白な砂浜が見えました。立ちあがると、波は女の子の膝よりも浅いところでした。女の子は魚にお礼を言おうと足もとを見ましたが、魚はもういなくなっていました。女の子は水から出て、砂浜に立ちました。そして空を見ると、あの金色の小鳥が遠くに見えました。女の子は急いで走り出しました。

女の子は金の小鳥を追いかけて、どこまでも走りました。小鳥はどこまでも飛んで行きました。そしてもう日も暮れようというときに、目の前に、大きなお城と、広い庭が見えました。小鳥は、そのお城の広い庭に飛び込み、女の子がいくら待っても出てきませんでした。そして日が暮れて夜になりました。
女の子はお城の庭に忍び込み、そこで休みました。朝早く起きて小鳥を捜すつもりでした。
でも女の子が目をさますより早く、お城のお庭番が、眠っている女の子を見つけました。お庭番は、女の子のぼろぼろの服を見て、物乞いの娘だと思いました。そして、小銭を少しやって外へ出そうとしました。しかし女の子は、外に出されてはあの小鳥を探し出すことができなくなると思い、お庭番に、
「私はここにいなくてはならないのです。お願いですからここに置いてください」と頼みました。お庭番は、女の子があまりに一生懸命に頼むので、これを聞き入れないわけにはいかないという気持ちになりました。そして、女の子はお庭番の手伝いとしてここにいられることになりました。
女の子は、お庭番の手伝いをしながら、一生懸命あの小鳥を捜しました。りっぱな木の枝も、よく繁ったつる草の中も、花の植え込みの陰も、石の置物の後ろも探しました。でも夕方になっても小鳥は見つかりませんでした。
次の日も女の子は庭の隅々まで小鳥を捜しました。でもやはり夕方になっても小鳥は見つかりませんでした。
次の日も女の子は小鳥を捜していました。お昼になると、お庭番は女の子に言いました。
「おまえは毎日いったい何を捜しているんだい? 見つからないのなら、一休みして、ここに座って、お昼にしよう」
女の子は、お庭番の横に座って、お庭番の差し出してくれたお昼ご飯を食べました。そして、
「もしかしたら、あの小鳥はもうこの庭にはいないのかもしれない。どこかよそに捜しに行かなくては」と思いました。
そのとき、座っている女の子の膝の上に、金色の鳥の羽が一枚、ひらひらと落ちてきました。女の子は息を呑んで上を見ました。すると、あの金の小鳥が、高い空を飛んでいました。女の子は立ちあがり、ぎゅっとこぶしを握って、小鳥の行く先を見届けようと、まばたきもせずに小鳥を見ました。小鳥は、女の子の頭の上をくるりと飛んでから、大きなお城の一番上の、小さな窓の中に飛び込みました。そして、いくら待っても出てきませんでした。
「お城の中に入って、あの小鳥を捜さなきゃ」と女の子は言いました。お庭番はびっくりして、女の子に、
「よしなさい。おまえのような者がお城に入ろうとしたら、すぐに捕まって、牢屋に入れられてしまうよ」と言いました。それから、少し間をおいて、女の子にしか聞こえないくらい小さな声で「真夜中になって、王さまの家来たちが眠ってしまえば別だがね」と、ささやきました。

女の子はその夜、庭の隅で、真夜中になるのを待ちました。やがて、風にゆれてさわさわと音をたてていた木の葉が、ぴたりと音をたてなくなりました。あたりはしーんとしています。
女の子がお城を見ると、一番高いところにある小さな窓に、わずかに光が見えました。それは、あの金の小鳥が、月の光に照らされているためでした。
女の子は、お城の入り口で眠ってしまった見張りの横をそーっとすり抜け、お城の中に入りました。そして、長い階段をどこまでも登り、ついに、お城の一番上の小さな部屋の戸の前まで来ました。女の子は戸のすき間から、あの小鳥の姿を見ました。
女の子は、とうとう見つけたわ、と思って、静かに戸を開けました。
すると、何ということでしょう。部屋の中にいるのは小鳥だけだと思っていたのに、止まり木に留まっている小鳥のそばに、このお城の王さまがいて、小鳥を愛おしげな目で見ていました。その王様の目が、戸を開けた女の子のほうを向きました。
そのとき、小鳥が、きれいな声で歌い出しました。その声は、女の子がお母さんのお墓のそばで、はじめてこの小鳥の歌をきいたときの歌声と同じでした。
王さまは、今までさえずりもしなかったこの小鳥が、女の子を見たとたんに美しい声で歌い出した事に、大変驚きました。そして、この歌声に涙を流している女の子をやさしく部屋に招き入れました。それから、女の子に、この小鳥はおまえのものなのか、おまえは誰なのかと尋ねました。女の子は、お母さんが死んでしまったこと、継母のこと、この小鳥のこと、自分はこの小鳥を追いかけてここまで来たことを、王さまに話しました。女の子の話をすっかり聞いてしまうと、王さまは言いました。
「この小鳥は私のものにしようと思っていたのだが、それは叶わぬ事のようだ。私はよろこんでこの美しい小鳥をおまえに返すことにしよう。だが、その前に、小鳥よ、もう一度、今度は私のために、その歌声を聞かせておくれ」
小鳥は、今度は王さまのために歌いました。小鳥の美しい声と、早朝の澄んだ空気が王様と女の子の心を透き通らせました。王様は、とても幸せな気持ちになりました。女の子は、まるでお母さんが生きていたときのように、心から安心した気持ちになりました。
小鳥は歌い終わると、二人が息をつくよりもはやく、止まり木を離れて、あいていた小さな窓から外に飛び出しました。女の子があわてて窓から身を乗り出して小鳥を見ると、小鳥は上へ上へとどんどん飛んで、小さく小さくなって、ついに見えなくなってしまいました。
王さまは、女の子に言いました。
「あの小鳥はきっと、天まで飛んで行ってしまったのだ。おまえは今は天まで追いかけて行くことはできないが、いつか来るその日まで、ここに留まるが良い」
こうして女の子は、このお城で働くことになりました。お城は女の子にとても暖かく、女の子はもう、つらくて泣くようなことはなくなりました。
これを知った継母は、悔しさのあまり、呪いの言葉を吐きながら海辺を走りまわりました。そして、大きな波に足を取られて転びました。するとすぐにもっと大きな波が来て、継母をさらって行き、誰も来ない深い海の底に沈めてしまいました。
やがて女の子は美しい娘になり、この城の王子の花嫁になりました。そしていつまでも幸せに暮らしました。

少し長いお話になりました。今年の春ごろから小昔話を作り始めたのですが、その3作目で、はじめて昔話らしく仕上がった作品です。自分でもとても好きなお話です。

* * *

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この記事を書いた人
たまに、加賀 一
そだ ひさこ

子ども時代はもちろん、大人になっても昔話好き。
不調で落ち込んでいた30代のある日。記憶の底から突如、子ども時代に読んだ昔話の場面がよみがえる。その不思議さに心を奪われて、一瞬不調であることを忘れた。自分は昔話で元気が出るんだと気づいた。

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