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「年寄り猫と黄金の船」

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年寄り猫と黄金の船

 昔々あるところに、小さな男の子と、お父さんとお母さんと、年寄りの猫が一匹暮らしていました。男の子の名前は孝太郎、猫の名前はイソイマツと言いました。猫のイソイマツは、孝太郎が生まれる前からこの家に飼われていました。孝太郎のそばには、いつも猫のイソイマツがいました。孝太郎はイソイマツが大好きでした。イソイマツも孝太郎を大好きでした。
 あるとき孝太郎は、足を滑らせて、長い階段の一番上から一番下までゴロゴロと落っこちて、大怪我をしてしまいました。可哀想な孝太郎は怪我が治るまで、何日もじっとしていなければなりませんでした。イソイマツは孝太郎の怪我が治るまで、ずっとそばについていました。おかげで孝太郎は、すっかり元気になりました。
 ところが突然、イソイマツは孝太郎に言いました。
「孝太郎、ぼくはもう、自分の国に帰らなくてはならないんだ。今まで君と一緒にいられて幸せだったけれど、これでお別れだよ。」
孝太郎はイソイマツと別れるのを嫌がって、たくさん涙をこぼしました。イソイマツも、たくさん涙をこぼしました。

 しかし、別れのときはやってきました。イソイマツは孝太郎に言いました。
「もしも何か困った事があったら、誰も知らない港をさがして、そこから黄金の船に乗りなさい。そうすればぼくが助けてあげられる。でも、船に乗れるのはたった一度だけだ。ぼくのところに来たら、もう帰ることはできないから、乗る前によく考えるんだよ。」
そしてイソイマツは、孝太郎のもとから去って行きました。孝太郎はイソイマツの姿をいつまでも見送りました。
 孝太郎は、何日かの間はイソイマツのいない寂しさを我慢していましたが、とうとう寂しくてたまらなくなりました。そして、こっそり家を抜け出すと、海に向かって歩きました。海に着くと、海岸に沿ってどこまでも歩いて、誰も知らない港を探しました。でも、昼も夜も歩いて、何日歩き続けても、港はついに見つかりませんでした。
 しょんぼりして家に戻った孝太郎は、黙って家を抜け出して何日も帰らなかった事をひどく叱られました。お父さんは孝太郎をぶちました。そしてお母さんは、涙をこぼしながら言いました。
「おまえがもう二度と私のところに帰ってきてくれないのじゃないかと思って、私は絶望してしまうところだったよ。」
孝太郎は、泣いているお母さんを見て、自分も涙が止まらなくなりました。そして、
「イソイマツには会えなかったけれど、これで良かったんだ」
と思いました。

 それから三年がたちました。お父さんとお母さんと孝太郎は幸せに暮らしていました。しかしあるとき、お母さんが重い病気になりました。そしてどんなお医者もお母さんを治すことはできませんでした。
 孝太郎はお父さんに、イソイマツの事を話しました。誰も知らない港のことも、黄金の船のことも話しました。そして、
「ぼくがイソイマツのところへ行けば、お母さんの病気を治せるかもしれない」
と言いました。しかしお父さんは言いました。
「もしもお母さんの病気が治っても、そのためにおまえがいなくなってしまったのでは、お母さんはきっと悲しむに違いない。イソイマツのところへ行くのはやめなさい。」
 それからしばらくして、お母さんの最後のときがやってきました。お母さんは孝太郎の手を握って、にっこり笑いました。そして、静かに息を引き取りました。
 孝太郎は泣きながら、イソイマツのところへ行かなかったことを悔やみました。しかしお父さんは言いました。
「お母さんの最後の顔は、とても幸せそうだった。おまえがイソイマツのところへ行ってしまわなくて本当に良かった。孝太郎、よく我慢してくれたね、ありがとう。」
孝太郎がお父さんを見ると、お父さんの目から大きな涙がこぼれていました。孝太郎も、これ以上ないというくらいに、泣きました。

 やがて孝太郎は大人になり、優しい奥さんを迎えました。そして、赤ちゃんが産まれて、孝太郎はお父さんになりました。
 赤ちゃんはすくすくと育ち、小さな可愛い娘になりました。しかしあるとき、この娘も、重い病気になってしまいました。そしてどんなお医者も、娘の病気を治すことはできませんでした。
 孝太郎は決心して、奥さんに短い手紙を書きました。そしてそれを自分の枕の下に隠すと、そっと家を出て、海に向かって歩きました。孝太郎は、今度こそ港を探して、黄金の船に乗って、イソイマツのところへ行こうと決めていました。そして海に着くと、海岸に沿ってどこまでもどこまでも歩きました。昼も夜も歩き続けました。そしてついにある日の夕方、夕日が沈んであたりが暗くなったとき、遠くの岩場にぼんやりと灯があるのを見つけました。孝太郎はその灯のところへ行きました。
 すると何とも不思議なことに、そこにあるたくさんの岩たちは皆、ランプを手に持っていました。岩のひとりが言いました。
「私たちは、今日ここに黄金の船が来るという知らせを聞いて、めいめいランプを持って、この場所に集まってきたのです。ここは、誰も知らない港です。」
もうひとりの岩が、続けて言いました。
「私たちは、黄金の船がお客を乗せて出発したら、元の場所に戻ってランプを隠し、またつまらない岩のふりをするのです。」
そして、もうひとりの岩が、海を指さして言いました。
「黄金の船は、もう来ています。船が見えるなら、お乗りなさい。」
孝太郎がそちらを見ると、遠くの海面に、月の明かりに照らされた黄金の船が見えました。船はゆっくりゆっくり近づいて来て、ついに、誰も知らない港に到着しました。船はたくさんの岩のランプの灯を受けて、夢のように美しく輝いていました。孝太郎にははっきりと、船の姿が見えました。
 孝太郎は黄金の船に乗りました。船が港を出ると、岩たちはそれぞれの場所に帰り、ランプを隠しました。するともう、そこに港があったことなど誰にもわかりませんでした。
 船は夜の海を静かに進み、長い時間をかけて、イソイマツのいる国に着きました。港では、猫のイソイマツが孝太郎を待っていました。イソイマツは言いました。
「孝太郎、君が来た理由はわかっているよ。安心しなさい、君の娘はもう大丈夫だから。」
 孝太郎はイソイマツに、ありがとう、とお礼を言いました。そして、懐かしいイソイマツをぎゅっと抱きしめました。イソイマツも、のどをごろごろと鳴らして喜びました。しかしすぐに、イソイマツは孝太郎に言いました。
「孝太郎、君はもう家には帰れない。それは分かっているのかい」
孝太郎は、わかっているよ、と答えました。そしてイソイマツに言いました。
「あの日、本当は君は死んでしまったんだ。だけど、小さかったぼくを悲しませないために、自分の国に帰るふりをしたんだ。この国は、死んだ者たちの国なんだ。そうだろう?」
イソイマツは静かに、
「そうだよ。」
と、言いました。それから、少し寂しそうに、言いました。
「君は、娘さんのかわりに死んだんだ。」

 孝太郎がイソイマツのところへ行ってまもなく、孝太郎の娘は不思議なことに、すっかり元気になりました。
 そのあと奥さんは、孝太郎の枕の下の置き手紙を見つけました。そして、孝太郎がどこへ行ったのかを知りました。奥さんは娘に見られないように手紙を燃やし、そして、涙が涸れるまで泣きました。
 小さかった娘は何も知りませんでしたが、その後は病気ひとつすることなく、一生幸せに暮らしたということです。めでたし、めでたし。

コメント

  1. 文音 より:

    猫は死ぬとき、かわいがってくれた人に死体を見せないと聞いたことがあります。悲しませないようにでしょうか。
    孝太郎は娘を助けるために自分の命を投げ出したのですね。
    でも孝太郎は死者の国でお母さんに会えるはず。
    そのうちみんなやってくるのですから、最後はめでたしめでたしですよね。
    「死者の国」という発想が新鮮で、また衝撃的でもありました。

  2. 久子 より:

    コメントありがとうございます。
    身近な人の死は、残された者にとっては悲しくて辛いことだけれど、それを乗り越えて受け入れなければならないことでもあります。
    死者の国というのは、死後に行くところ、天国とか、そんな感じのイメージで書きました。
    死ぬことは、消えてなくなるのではなくて、ここではない別の場所へ行くことだと、私は思っています。
    孝太郎は何度も辛い思いをしたけれど、最後には奥さんにも辛い思いをさせてしまったけれど、娘のために、そして死者の国へ行く方法を知っていたからそうせずにはいられなかったのだと思います。
    残された私たちにとっては、悲しい最後になってしまいましたが…(T_T)