「眠れなかったおかみさん」

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眠れなかったおかみさん

 昔、旦那さんをなくしてひとりになってしまったおかみさんがいました。おかみさんは、あたらしい暮らしをしたいと思い旅に出ました。家もまばらにしかない田舎の道をあるいているとき、おなかがすいて、ふと見ると、そこに小さな食堂がありました。
 おかみさんは、あたたかいご飯を食べたくなって、その小さな食堂に入りました。
 食堂には、おかみさんと同じくらいの歳の男がいて、ひとりで店を切り盛りしていました。男は、あたたかいご飯と、おいしいみそ汁と、おいしい漬物と、おいしい焼き魚をおかみさんに出しました。おかみさんはおいしいご飯を食べながら、このお店と、この男がすっかり気にいってしまいました。そして、ここで暮らせたら幸せかもしれない、と思いました。
 ほどなく男はおかみさんの旦那さんになりました。ふたりはこの小さな食堂の小さな家で、一緒に暮らすことになりました。おかみさんはお店を手伝いながら、
「私はなんて幸せなんだろう」と思いました。

 ところがです。夜になって、おかみさんが眠ろうとすると、この小さな家中に響き渡るような大きな音が聞こえ出しました。おかみさんが旦那さんのところに行ってみると、旦那さんは、大きなラジオをつけて、ボリュームを一番大きくして、気持ち良さそうにその大音量の中に座って、『深夜に騒ごう』という騒がしい番組を聞いていました。その音はまるで、おかみさんが旅をしてきた道を三日分くらい戻ったところまで聞こえそうな大きさでした。おかみさんは、
「ねえおまえさん、もう少し、音を小さくしてはもらえないかね。とてもこんなうるさい音の中では私は眠れないよ、頭がへんになってしまう」と言いました。すると旦那さんは、
「何を言っているんだ? 眠いならどんなにうるさくたって眠れるはずだ。おれは眠れなくて困ったことなど一度もないぞ。眠れないなら、起きていろ!」といって、とりあってくれませんでした。
 おかみさんはとうとう一睡もできませんでした。そして次の日おかみさんは、眠くて眠くて頭がぼうっとしていたので、お店でお客さんにおつりを渡すときに、間違えて、もらったお金よりもたくさんのお金を渡してしまいました。

 その夜、困ったおかみさんは、耳栓をして眠ることにしました。ところが、耳栓をして、頭から布団をかぶっても、旦那さんのラジオの音はおかみさんの頭の中に入り込んできて、おかみさんはとうとう一睡もできませんでした。
 次の日おかみさんは、朝になっても耳栓をはずすのを忘れたままでした。お店にお客さんが来ても、おかみさんにはお客さんの声が聞こえなかったので注文をきくことができず、お客さんはおこって帰ってしまいました。

 その夜、困ったおかみさんは考えました。そして、旦那さんがぐっすり眠ってしまえばラジオを止めることができると思いました。おかみさんは、夕食の後、旦那さんにお酒をたくさんふるまいました。旦那さんはすすめられるままにお酒を飲みました。旦那さんはだんだん気分が良くなり、目がトロンとしてきました。おかみさんは、
「もうすぐ眠ってくれるかもしれない」と思いました。
ところが、旦那さんは急に立ちあがり、
「歌を歌います!」と言ったかと思うと、調子の外れたおかしな歌を大声で歌いはじめました。おかみさんがなだめてもすかしても、旦那さんの耳には入りませんでした。すっかり酔っぱらって、ラジオの出演者になったつもりの旦那さんは、ひとりで大声で朝まで歌ったりしゃべったりし続けました。
 おかみさんは、今日も一睡もできませんでした。
 次の日おかみさんはやっぱり眠くてぼうっとしていたので、お昼ご飯を食べに来た親子に飲みものを出すときに、間違えて、お父さんのコップにジュースを注ぎ、子供のコップにお酒を注ぎました。子供はジュースだと思ってそのコップに入ったお酒を飲んでしまい、酔っぱらって目を回してしまいました。子供のお父さんはかんかんに怒って、お金を払わずに帰ってしまいました。

 おかみさんは、自分が眠るには、もうラジオを隠すしか方法はない、と思いました。そして、旦那さんが夕食を食べている間に、大きなラジオを家から持ち出して、ずんずん歩いて川まで来ると、橋の下に隠しました。そして急いで家に帰りました。
 おかみさんは布団にもぐって、
「やれやれ、これでやっとぐっすり眠れる」と思いました。すると旦那さんがおかみさんのところへ来て、おかみさんの布団をひっぺがし、
「おい、おれのラジオを知らないか」とききました。おかみさんは、
「知らないよ、きっと足が生えてどこかへ行ってしまったのさ。おまえさんも今日くらいは静かにゆっくり寝ておくれよ」といいました。
 旦那さんは、これはおかみさんがラジオをどこかに隠したな、と思ったので、一晩中、
「ラジオはどこだ、いわないとひどい目にあわせるぞ!」といい続けたので、やっぱりおかみさんは一睡もできませんでした。

 次の日、おかみさんは橋の下からラジオを持って帰ってきて、旦那さんにいいました。
「おまえさん、私はこれ以上眠らないでいたら死んでしまうから、おまえさんと、このラジオのことは忘れて、旅の続きにでることにします。いちばんさいしょに食べたおまえさんのご飯はおいしかったよ。さよなら」
 そしておかみさんはまたひとりで旅に出てしまいました。

 旦那さんは、
「やれやれ、これで今日からまたゆっくりラジオを聞くことができる」と言って、お店の支度をはじめましたとさ。

コメント

  1. 文音 より:

    初めのお話から、順番に読んでいます。
    「ラジオ」が出てきたので、「昔話」という感じがしなかったですが、それはそれで面白かったです。
    文明の利器を出しながら、懐かしい感じのするお話をつくるのは難しいですよね。
    一体この食事処のご主人は、いつ眠っているのでしょうね?
    飯食わぬ女房ならぬ、眠らぬ女房がほしいとか?
    このおかみさんの、その後の話を聞きたいです。

  2. 久子 より:

    文音さん、コメントありがとうございます。
    今作ったお話も100年経ったら昔話かな、なんて適当な考えです。
    自分が馴染みのある程度の古い生活なら書きやすいかなと思って、こんなことになりました。
    おかみさんのその後…(笑)
    この後も再婚を繰り返すけれど、そのたびに、いろんな理由で眠れなくて、結局家を出ていくというシリーズなんてどうでしょう、、果たして今度こそは眠れるか?という。
    それとも、3度目にはめでたしめでたしが昔話らしくていいかな。