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文章を真面目に書くのはしんどい

昨日からカテゴリに「エッセイ」を加えました。

作文の本を何冊か読みました。そのなかで「え、そうなの?」と思った部分があったので少し引用します。

実際、本を書くことの最大のメリットは、書いている途中で発見があることだ。あるいは、それまで漠然と考えていたことを、はっきりと意識することだ。「知らないことがあったら、本を書いてみよ」と言われるほどである(教えることも、同様の意味を持つ)。『「超」文章法 (中公新書)』(野口悠紀雄 著)プロローグより

本というとどうしても出版されるものを連想してしまう私には、「本」のところを「文章」とか「論文」とかに置き換えてもらったほうがピンと来ます。それはいいとして、そのようなものは書く前にきちんと全部をわかっていて、そこから始めるものだとばかり思っていました。
でも「書くという作業を通して自分の考えをまとめたり整理したり、新たな発見をしたり、という事がある」のだそうです。この本だけでなく、他の何冊かにも書いてありました。もしもっとたくさんの本を読んだらその中にもきっと書いてあるだろうと思います。

私が今まで書いた文章は、お話を別とすれば、ブログやHPに書く文章やメールや手紙くらい。意味が通じているかどうかといったチェックや書き直しはするけれど、数日かけて書いては直し、なんて事はしていない。せいぜい一晩置くくらい。

知らないことがあったら…というのを真に受けることにして、私は「昔話のようなお話のつくりかた」をまとめたいと思いました。もちろん自分のためにです。頭の中や、紙の上や、ブログのカテゴリに断片的にごちゃごちゃとあることを、もっともっとわかりやすく「使える」ような形にしたいと思うのです。(じつはこのブログの 昔話のこと というカテゴリはそれをしようとして失敗したのです)
そして、どうせそれをするなら、さらっと読めて面白いのが、自分以外のひとにも興味を持ってもらえて得かもしれないぞと考えたわけなのです。ちょうどエッセイ作法の類も読んでいたもので、気軽に読んでもらえるのにはこれがいいかなと。それなら、私が昔話に感じている面白さとか、そのへんを書いてみようか。

で、「捜し物(一)、(二)」を書きました。昔話と自分とのかかわりから始めないと整理がつかない気がして、思い出話からはじめました。さらっと読めて面白いとはいきませんでしたが。
すぐに書けると思っていたのですが、じつはこれ書くのに五日かかりました。
自分のそのときの気持ちをどう言えばぴったりくるのかとか、ここはもっと書かないとわかってもらえなさそうだとか、このへんは想像させるのは良くないから書かずにすませようかとか、どうもおさまりが悪い気がするけどどうすればいいのかとか、制限字数に収めるのに苦労したりとか(いちおう自分で制限字数を決めたのです)、しまいには「自分はあのとき本当にこう思っていたのか?」と自信がなくなるような気がしたり、自分のことを書く文章を真面目に「作品」扱いにしたことがなかったので、予想以上に疲れてしまいました。
おなかの痛い話を書いていたせいか冷えのせいか、昨日夜はおなかをこわしてしまってホットカーペットに貼り付く始末でした。とほほ。
確かに考えを(気持ちを)整理することはできるのだけど、自分のことを探り出すのは、しんどい。
お話を作っていたほうが何倍もラクで面白いよー。(笑)

それにしても。作文の本を読んだ動機は「お話」の文章のためだったはずなのに。^^;

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