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出来事が不思議すぎることを忘れていないか

私にとっての昔話のいちばんの魅力は「出来事が不思議すぎる」ことであると、私は思っていたはずなのだけど、それを私はしっかり意識していたのだろうかという疑問がわいてしまった。

少なくとも最近は、そのことを忘れていた。だから自分でもよくわからないようなことをしているんだ。口ずさみやすいって何だ。そんなことして何になる。(ちょい凹んでる)

以前のように、昔話みたいな嘘話を作ってみたら、気分も晴れるのではないだろうか。と、ちょっと思った。

現実世界は混沌としている。何かを探せば探すほどその有り場所がわからなくなる。どこを向けばいいのかわからないまま人生が終わってしまうかもしれないと思う。

昔話はありえないような出来事が起きるけれど、それをピタッとバシッとおさめる入れ物がある。混沌となんかしていない。すっきり透き通っている。

ああ。私がその入れ物に入ってしまいたい。

エピソードのパーツを適当に組み合わせたら新しいお話ができるという夢のようなモノを、もしかしたら本当に作れるかもしれないと妄想してみる昨今。まよいみちの昔話のかけら(ネタ帳ブログ)をごくシンプルに改装しているのだけど、以前よりも使い物になりそうな気がしてきた。

例えばだけど、「枯れ木に花が咲く」という不思議すぎるエピソードを、別の主人公を使って、昔話独特の語り方(つまり、入れ物)で組み立てれば別の話ができちゃうよね…。枯れ木に花が咲くってステキだよね…。なぜ花咲かじいさんにしかないのだろうか、このエピソード。とか、考えてます。

むー。

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