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昔話の特徴をまとめる:7

・それからもうちょっと

昔話はシンボルであり、昔話の興味は、第一には「主人公の進む道、その運命」に向けられている。
この世の見えない秩序を感じること。生きていていいんだ、自分一人で困らなくていいんだ、自分はいずれ大きくなれるんだ、他人が生きるのを邪魔するものは自滅するんだ、っていうことを感じて安心感を心に抱くこと。

お話は終末に向かって突き進む。主人公の心の葛藤や成長に注目し、それが最重要テーマである他の文学とは少し違う。
昔話にもいくつかのお話のタイプがあるから、すべてにあてはまるというわけではないけれど、魔法昔話(本格昔話)と呼ばれるもののいくつかを例にあげれば―

主人公は、どんな理由からであろうととにかくひとりでお話の終末に向かって歩き始める。途中には、難しい課題や、悪者との戦いがあり、それらを見事克服して、最後には結婚し王位につき、幸せに暮らす。

 主人公が歩き始めるにあたって、必ずしも不足をはっきり動機付けしなくてもよい。―生きるのに、不足を補おうという意志が必ず必要なわけではない。とにかく今命があるのなら生きて行くことそのものが大事なのであって、なぜ生きて行くのかという理由を見つけようと思い悩む必要はない。自分に生きる価値があるかないかなどと考える必要はない。

途中の難しい課題には大抵の場合、援助者があらわれて助言や道具を主人公に与え、用事が済むと物語から消える。
これは、人は自分ひとりだけの力で生きて行くものではない、人々は他者の助けを得ながら人生を歩いていくものなのだ、というメッセージではないか。あるいは自分の力が他者を助けることにもなる。
人の役目は人が生きるのを助けること。他人のお世話になったり他人のお世話をしたり、「生きて行く」ということのために、みんなが何かをしているのだ。
それは家族だからとか知人だからとかではなく、その場にいた誰か、見返りを求めずに助けてくれたり、自分も見返りを求めずに何かしてあげることの象徴なのではなかろうか。
その見知らぬ人物も、誰かの家族であり、誰かの大切なひとなのであるから、自分の大切なひとと同じに感じるのが本当のところだろう。そういうことの象徴だと思う。

他人を自分と同じと感じること。
他人をたんに手段として扱うのは、否定的に語られている人物である。主人公は他者をたんに手段としては扱わない。

それから、悪者との戦い。お話の中の悪者は必ず滅びなくてはならない。
「人間の中には悪も善も存在するから、悪者を改心させれば良いではないか」ということではない。お話の中の悪者は「悪の象徴」であり、「悪の人格化されたもの」で、悪そのものであり、一個人ではない。
主人公はその悪と戦わなければならない。怪物である竜ならばたんに主人公に負けるで良いが、人間の悪の心を感じさせる(人間の姿をしている敵対者)ならば、自分の策略によって自滅するほうが良いと思う。悪は自滅する。

嘲笑された者、抑圧された者が、しまいには必ず恩寵を受け、自分より優位に立っていた者をはるかに凌駕する。
これはたぶん、弱い立場(子どもだったり、未熟だったり、またはそう感じていたり)の者が、時が来ればいずれは必ずその立場を脱出できる(大人になれる、成熟できる)というメッセージなのではなかろうか。

昔話は非常に象徴的で、その言葉通りに受け取るととんでもない物語なのだけれど―
 これから生きて行く人たちが「今は心細いかもしれないけれど心配しないで生きていけばいいんだ」ということを感じて、心のどこかにその安心感を蓄積していける物語なのではないかと思います。

このへんでやめときます。
今日のはほぼ自分の文章だけれど(それでも「ほぼ」なんだけど)、今までのところに引用が多くて、自分のものとしてまとめてはいかんですねこれは。
まだ作り方になってないからタイトルも間違ってるし。

もっとゆっくり、じっくり考えをまとめてからすればいいのはわかっているんだけれど、この「作り方もどき」も「小昔話」も、焦って急いで形にしようとしておりました。
なんだか切羽詰まった気持ちになって。

おかげで普段使わない頭をぐるぐる使ったので、胃が痛くなってしまって胃薬のお世話になる始末です。わはは。

昔話の特徴についてはこちらのカテゴリにも書いてます

おにぎりみたいなお話作り
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