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昔話の特徴をまとめる:6

◆昔話の特徴 の続きです

・ちょうど

 昔話の特徴のなかで私の好きなことのひとつはこれです。「ちょうどそのとき」。ちょうどいい、とか、ぴったり合う、ということは、まず単純に「気持ちがいい」ですよね。
 昔話ではとてもとても都合よく、いろんな状況や時刻などが一致します。本当は前の日に現場に到着しているのにわざわざその期限切れギリギリの瞬間まで自分の正体をあかさなかったり、ということすらあります。まったくハラハラ(イライラ?)してしまいます。
 昔話以外のリアリティのあるドラマなどで「ちょうどそのとき」が二度も三度も使われていたら、たぶん続きに興味を失ってしまうだろうなあ、と思います。でも非現実的な昔話だからこそ、この「ちょうど」を楽しめるのではないかな…

 それまでの展開がハラハラするようなものならば、ちょうどそのとき、というのは、事態がうまくいけば安心感も達成感も満足感もえられます。
 それから最後の救いの場面だけではなく、それまでのすじの中でも「ちょうど」はたくさん使われています。援助者は、将来主人公に与えられる課題に対して「その課題をクリアするのにちょうどぴったり」の援助をします。
 主人公が旅に出るときに持っていた金額が、援助者となる死人を葬るための費用とぴったり同じ金額だったりします。
 いばら姫を助けた王子がいばらの城の中に入れたのは、彼が運命の王子様だったからではなく、百年たって魔法が解ける「ちょうどそのとき」にそこにいたからです。(もしかしたら、これを運命の人と呼ぶのかもしれませんが…)

 また、天にのぼるためのわらじが千足必要なのに、主人公があと一足のところで待ちきれなくなって九百九十九足しかないわらじのはしごを登り、そのはしごが雲の下でゆらゆらゆれる、という、緊張感の演出もあります。(量的コントラスト、と言うそうです)


量的コントラストをもう少し。

十二の部屋のうち、ひとつだけが重要とか
魔法的現象ないし奇蹟現象は、たくさんの現実的な要素を持つ話のすじのまっただ中で、きわだった色の小区画となっている。

魔法メルヒェンの小道具の大部分は世俗的だし、ほとんどの出来事は現実に起こりうる。だからこそ、現実離れした事が、全体からくっきり浮かび上がる。
逆のことも。魔法の世界にちょっと現実的な事(シロップの接着剤とか)があったり。

からっぽの建物の中の、ごちそうが用意された部屋
昔話その美学と人間像ヨーロッパの昔話-その形式と本質 (民俗民芸双書)のどちらかから引用(たぶん)

・極端性、抽象的、公式的様式

昔話というジャンルに欠かせない登場人物や物などがあり、それは昔話の孤立性、極端性、象徴性から来るもので、(王、王子、王女、金、竜、魔女、等々)
こういうものがまったく出てこなくて、実生活のごく身近な人物や物ばかりに置き換えられたとしたら、それが昔話かどうかという事よりも、何よりお話の雰囲気が台無しになってしまうであろうと思います。

昔話ではほとんどあらゆるものが様式化されており、世界を含んでおり、時間にも場所にも普遍的です。具体性をなくし抽象化することによって、その核心が誰にでも感じとれるようになるからだと思います。
お話の形としても、固定した公式的様式をもっており、語り手の記憶の支えの役目も果たしているのだろうと思います。

抽象的様式はモチーフの中身をも抜いてしまいます。これは例えば処刑の場面、あるいは男女の事情など、重い中身を持っている事柄を、詳しく語らずに抽象的に述べることによってその中身をからっぽにします。それによってモチーフはただ図形か何かのように感じられ、軽く、非現実的なものとして物語の中に溶け込みます。昔話の出来事はけっして現実に起こったことではなく、非現実の中の、軽く透明で抽象的な図形なのです。

・浪費
極端に走ろうとし、すべてを(美の、醜の、悪の、力の、権力の、富の)頂点まで追究しようとするメルヒェンの欲望は、浪費の特別な形

それに対し、一方には

物語様式として言えば、対照的なのは、あらゆる装飾的文体を徹底的に放棄する事、つまり装飾的形容詞を極力少なくする事、節約、物や人物や舞台の描写を極力控える事。隠喩をごくまれにしか使わない事。

比較はわりにたびたび用いられる。美しさを特徴づけるためとか。

比較は、並列に並べようとするメルヒェンの性質に合っている。(接続詞なしに文や句を並べる語法や、エピソードを並べる事、善と悪を並べ、美と醜を並べる事。)
口伝えのメルヒェン、明瞭なすっきりしたもの
わりに無技巧である

極端な語り方―一種のゲームのルール

一方の登場人物たちを肯定的に見、他方を否定的に見て記述している。

美と善には厳密な定義をしていない。
聞き手、読み手がその型紙にいろいろな色を塗る事ができる。

ヨーロッパのメルヒェンでは総じて言って、
・親切は(人間でないものに対する親切も、人間でないものからの親切も)肯定的な価値としてあらわれる
・特に挑発されないのに加害意志を持つ事は悪とされる(竜、人食い、魔女などの姿をとる)
特に挑発されないとは、「外的には挑発されない」こと(竜などは自分の内側から挑発されていると言えるだろう)
昔話その美学と人間像ヨーロッパの昔話-その形式と本質 (民俗民芸双書)のどちらかより引用(たぶん)

※今日は文章がまとまってませんで、すみません

昔話の特徴についてはこちらのカテゴリにも書いてます

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