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私にとっての昔話のミリョク

昔話は現在の私にとっては精神安定剤のような役目をしてくれています。誰にはばかることなく、不思議な、ときに美しい想像を楽しむことができ、その内容も現実の不自由さを感じずにすむ昔話はとても安心できるし、魅力的です。私にとって、昔話の文体で書かれた物語は、穏やかな気持ちで暮らすためになくてはならないものになっています。

創作童話や小説などとは違って、主人公の心理描写はほとんどされず、情景描写や、登場人物の詳しい風貌を説明する、などということもありません。
ごく単純な誰にでもわかる言葉で、物語に必要な事だけを述べ、どんどん話を進めていく…一見、稚拙なように感じるこの方法によって、話を読む(あるいは聞く)人の、自由な空想は大きな広がりを持つことができるのです。

昔話はもともと紙に書かれたものではなく、音楽のように、口で語り耳で聞かれてきた文学なので、聞き手の心に届きやすい、わかりやすく単純な言葉が使われているのでしょう。聞き手の想像を妨げないように、立ち止まらずにどんどん物語を展開してゆきます。使われるのはイメージしやすい象徴的な物や人物や数字であったり、印象的な場面であったり、また、独特のリズムや、独特の不思議な矛盾や、あるいは事が期待通りに起こる安心感など、本当に昔話ならではの世界観に満ちています。
もしあなたが、大人の「読む」文学と昔話をくらべたら、矛盾だらけでお話にならないという評価をくだすかもしれません。女や子供のくだらない絵空事だ、というふうに。
でもそれだからこそ、いったん現実世界の約束事や物理の法則なんかを全部忘れて、ゆっくり、やさしい声で語ってもらっているような気持ちで昔話を読んでみて欲しいと思います。きっと、すっきりと穏やかな気持ちになれると思います。

読み聞かせは子どもの想像力を広げる、ということで注目されています。でもこの「自由な想像を広げる」ことは、子どもにだけ必要な事ではけっしてないと思います。大人でも、少なくとも、現実に押しつぶされそうになっているときにはきっと、こういう時間が必要なのだと思います。

私はもしもできるなら、昔話を、誰かの「語り」で聞いてみたいなあ、と思っています。その気になれば機会はいくらでもあるのでしょうが、面倒がりなおかげでまだ実現していません。

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