2021年5月のメモ

2021.5.25追記:この記事を書いた後も考え続け、いちおう自分なりに答えを出しました。絵のブログで記事にしています。今後は楽しく絵を描くことを心がけていきたいです。


(ちょっと辛くなってきたので吐き出します。有益なことは書いてないです。記事にすることでたぶん気が済むので、コメントはしないでください。)

私はどこに向かっているのか。

もし今、お金の心配をしなくてよければ、何をする。
もし自分があと2ヶ月しか生きられなかったら、何をする。

まずこの家を出る。
なにもない部屋に暮らす。そして、昔話を聞いて暮らすかもしれない。
絵は、、、

絵を描こうとして白い紙や白い画面に向かうと、そこで止まってしまうのよ。
昔話を聞いているときは「空間」なんだけど、絵を描こうとすると目の前にある少しの面積の平面から目をそむけられなくなるのよ。何かが見えなくなるの。

何か違うのかもしれない。何か、私は絵を描こうとしながら絵じゃないものを求めているのかもしれない。絵ではないものを求めている。

漫画の絵は記号だ。とは手塚治虫の本の言葉。

簡単に絵を描けるようになりたい
それには、私が簡単にかける絵を発明すればいい

簡単にかけるってどういうこと?
・訓練しなくてもいい(長い期間のたゆまぬ努力をしなくてもいい)
・絵としてのクオリティはさておき(立体感とかリアルさとかはさておき)
・それが何なのかわかればいい。何なのかわからないのはだめです

そもそも「絵」って何?

上達なんかしなくていい。

絵は上手に描かないといけない。
下手な絵は恥ずかしい。
人の絵を見て上手いとか下手だとか思う。そして下手な絵を見て色々思う。
そういう自分の態度が、自分を苦しめている。
絵は自由に描いていい。
上手さを評価されるために描くのではない。
自分が楽しむためとか、ある事柄を伝えるためとかに描くもの。

「何が描いてあるのかがわかる」ためには、資料を調べたり、何がそれをそれらしく見せているのか研究したりする必要はある。
「簡単に描ける」ためには、形を作らなくてはいけない。描きやすく単純で、それらしく見える形を。

わかりやすくするために明暗とかを使うのであって、うまく見せるためではない。

昔話を漫画に描きたいっていうことが、そんなに困難な事なのか?
描けばいいじゃないか。
上手にスラスラじゃなく、下手くそだっていいんだよ。
下手くそじゃなきゃだめなんだ。

いっぱいイラレファイルに形がためてあって、そこからコピペでもってくればいいんだよ。
そのためにイラレという便利なアプリがあるんだよ。

もうひとつ、私はちゃんと世界を想像しないから絵が完成しない。
一枚に、というか一つの画面にちゃんと色んなものを入れ込もうよ。他人の絵を見て同じように描いてもいいし。写真でもいい。

場面が作れていない。
何があって、誰がいて、どんな様子で、どんな場面なのかということは、イメージできてる必要があるよ。

文字を書くみたいに絵を描くのは無理だけど。
絵を描くのには準備が必要。何をどこに配置して云々っていう準備が。だから、ノートの一行目から文字をびっしり書いて面を埋めていくことはできない。
面にあらかじめレイアウトを考えて、そこに合わせて形を置いていく。その形も、軽く下書きして整えないといけない。
とにかく事前のイメージをしっかりすることが大事なのよ。
その手順が私には面倒で仕方がないんだよ。
できないの。
少しでも時間が必要な努力というものに異常な焦りを伴うの。焦りとともに、絶対にうまく行かない・できないに決まっているから無駄、という強い感情が伴うの。
これきっと私に何か欠陥があるんだよ。精神的な欠陥。

私はきっと一生何もうまくいかないまま死ぬんだろうな。

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