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無題

らくになりたい。
いや、生きる死ぬという話ではなくて。

今朝からなんとなく調子がわるくて、少しの胃のむかつきと、皮膚のピリピリする感じの不安感。
おぼえが、あるような。

ささいな事で私は人に嫌われてしまうのではないかという思いを抱き続けている。
自分はそう思われているような人間ではなく、本当はくずのような人間で、何かをきっかけにそれが露顕して見捨てられてしまうかもしれないと心のどこかで思っている。

自分は大勢の中に入って行けない。
中学生のときに少々いじめられたことがある。きっと私に嫌なところがあったのだろうけれど、今でも思い出したくないし、あのときの誰とも顔を合わせたくない。そしてまた嫌な注目をされるかもしれないと思うと怖くて高校に通いきれなかった。その後五年間社会とあまりかかわらないようにして過ごし、勇気を振り絞って働き始めたときもはじめのうちは続いたけれどもその後人が入れ替わって居辛くなると自分が何かされたわけでもないのにいたたまれなくなった。
自分はこの世の中にいないほうがいいんだと心の底で思い続けていたことに自分で気がついたのは仕事を辞めた少し後。
そしてそれから、そんな事を気にする必要はないんだと、生き物は自分の存在価値など考えなくてもよいから一生懸命に生きていかなければならないのだと自分なりに納得したはず、であった。

十五年たった現在、求人情報を見ながら、心のどこかに絶望感のような気持ちが生まれている。生活して行くために頑張って働かなければという気持ちがはじめは確かにあったのだけれど、時間が経つうちに、外で仕事を始めたらきっとまたどうにかなってしまうという不安のほうが大きくなってしまった。心がこわれるのがわかっているのにそこに飛び込まなくてはならないものなのか。

そんな事を言うのは働きたくない言い訳だ、甘えているだけだ、クズだ、と言われてそれが真実であると証明されて私はただの怠け者として見下され嫌われる。そして心をこわしながらそこに飛び込んで行かなくてはならなくなる。それが怖くてたまらない。
私は心をこわしたくない。私は心をこわしたくない。それがそんなに悪いこと?

知人のご家族に鬱病をわずらっている人がいるのだけれど、彼女は鬱病をただの怠け病と信じていて鬱病の彼を毛嫌いしている。鬱病がどういう病気なのかを自分から知ろうともせずに。一生懸命に生活している彼女から見れば理解しにくいことかもしれないけれど。鬱病と診断されているのなら私たちには想像できないつらい気持ちを抱えているのかもしれないよと私は言ったのだけれど、自分の考えと違うことには聞く耳を持たない彼女からは耳を塞いだような相づちが返ってきただけ。
たぶん私の気持ちも彼女の想像でこうこうと決めつけられるときがくるのじゃないかとこのとき思った。

そして私は無意識のうちに彼女の言うであろう言葉を想像して恐れているのだと最近気付いた。だけど馬鹿馬鹿しい、もう何年も連絡をしていないのに。気にすることないのに。気にすることないのに。気にして鬱気味になりかかることなんかないのに。

– – –
ずっと自分の中に押し込めて隠していたけれど、押し込めたままだと何を書いても空回りするので、もう諦めます。
ご気分害された方がいたらごめんなさい。自分の事を告白しただけで、他意はありません。

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