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捜し物(一)

 私は本が好きな子供でした。そのころ本棚にあったのは童話や昔話でした。本棚といっても四十~五十センチほどの空きスペースに本を立ててあるというだけの粗末なものでしたから、本の数も知れています。ですから色々の本を次々に読むというのではなく、そこにある本を繰り返し読むのが私の読書でした。
 読むだけでは飽き足らず、挿絵に色鉛筆で塗り絵もしました。五粒の豆の絵、中国の菊と女の子の絵、友人のお金を持って逃げてしまった男の絵、水の精やパンの精の絵。色を塗れば絵は綺麗になるはずでしたけれど、塗る前の墨一色の絵の方が美しいように感じられることもあって少し不思議な気がしたのを覚えています。

 小学校の二、三年生くらいまではそんなふうに過ごしていました。そして次第に私の興味は「お話」から「漫画」に移って行きました。わずかなスペースの本棚にはお話のかわりに漫画が置かれました。少女漫画は自分の中だけでは到底作り出しえない夢の世界を次々と私に見せてくれたので、私の心は当然のように漫画に占領されました。しばらくの間私はすっかりその夢の世界に夢中になっていました。

 やがてその熱もだいぶ冷めた頃のことでした。十代の終わりから二十代にかけて、時々昔話のことを思い出して図書館へ本を読みに行くことがありました。
 しかし私が図書館で選んでいたのは昔話そのものではなくて「昔話のあのお話やあのエピソードは本当はこういう意味があるのだ」といった類の昔話解説本でした。実際に昔読んだような本を子供向けの棚から選んで読んでみても、昔と同じように面白く感じられなかったのです。

 私が読んでいた本はもう絶版になっていて読むことはできないのだなと思いました。挿絵もつまらないものばかりでした。昔話は私の記憶の中と現実の書物の中でだんだん違うものになってるような気がしていました。
 お話の当時の衣装や町並みを見ればもっとお話が面白く感じられるのではないか、と私は考えました。そのような写真や絵の載っている本は捜せばすぐに見つかりました。私は期待いっぱいでページをめくりました。でもおかしなことに、私の心はページをめくるごとにどんどん興ざめして行くのです。お話と、写真や絵の中のものがまるで別の世界のようでした。
 いったいどこを捜したら、私の心にぴったりするあの懐かしいお話が見つかるのか、本当にわからなくなりました。そんなことはきっと不可能なのだと思いました。
 「きっと、今のお話の文章は書き替えられて挿絵も風情のないものに変えられてしまっているんだ。いくら昔を懐かしんでももう昔には戻れないんだ。そしてきっとこの先はどんどんつまらない時代になってゆくんだ。」と、私はひどく落胆していました。

 だから昔話そのものよりも、昔話についてあれこれと何かを言っている人たちの文章を読むほうがよほど私には面白く感じられました。そしてお話そのものよりもこちらのほうが、自分の捜しているものに近いような気がしていたのです。

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