【作品】「蝶と若者」

先日宿題スイッチで出てきたお題、「皿・蝶・合図」です。

蝶と若者

昔々ある町に、若者と両親が小さな家で仲良く暮らしておりました。
さて、この町には、たいへん大きなお屋敷がありました。このお屋敷の娘は大変な美人だという評判でした。そして、年頃になったこの美しい娘のために、この大きなお屋敷で婿選びのパーティが開かれる事になりました。パーティには、この町の男は誰でも出席して良い事になりました。
そこで若者も、パーティに行く事になりました。若者は身なりを整えると、両親に出発の挨拶をしました。両親は、「幸運を祈っているよ。」と言って息子を送り出しました。若者は小さな家を出て、お屋敷に向かって歩いて行きました。

若者がしばらく行くと、道ばたで、一匹の猫が何かを追いかけたり飛びついたりしていました。近づいてみると、それは小さな蝶でした。蝶は一生懸命に逃げていましたが、このままではすぐにすばしこい猫に捕まってしまいます。若者は猫をシッシッとその場から追い払い、蝶を助けてやりました。蝶は片方の羽が少し破れてしまっていましたが、それでもひらひらと若者のところに飛んできて、
「助けてくれてどうもありがとう、あやうく私は猫のおもちゃになって死ぬところでした。」
とお礼を言いました。そして、若者が大きなお屋敷のパーティに行く事を知ると、
「私もその美しい娘さんを見てみたいなあ。お願いです、私もそのパーティに連れていってください。」
と頼みました。若者は「もちろんいいよ」と答えて、蝶を自分の胸ポケットのところに留まらせました。蝶の羽はきらきらと光っていました。若者はまたお屋敷に向かって歩き出しました。

お昼近くになり、ちょうどおなかがすいた頃、若者と蝶は大きなお屋敷に着きました。パーティは庭で開かれていました。広い庭にはあらゆる種類のきれいな花が咲いており、たくさんのお客のためにたくさんのテーブルが用意されていました。そしてその広い庭のまん中には、特別に美しい椅子が置かれ、その椅子には、まるで宝石のように美しい娘が座っていました。娘はつやつやした髪にきれいな花を飾っていましたが、その花よりも娘の方が何倍も美しいほどでした。
若者はすっかり娘を気に入ってしまい、うっとりと娘に見とれていました。すると、胸に留まっていた蝶が若者に言いました。
「ああ、私はあなたの胸ポケットよりも、あの美しい娘さんの髪飾りに留まりたいなあ。」
若者はこれを聞くと、笑って言いました。
「いいとも、もしぼくがきみだったら同じ事を思うに決まっているよ。さ、行きなさい。」
蝶は嬉しそうにひらひらと娘のところへ飛んで行き、娘の髪飾りに留まりました。若者はその様子をニコニコと見ていました。

さて、娘は自分の髪飾りに蝶が留まった事に気がつきました。そして、蝶が飛んできた方角に座っている若者にも気がつきました。若者は自分の髪飾りに留まっている蝶に向かって、「やったね」というように笑顔でそっと合図をしました。蝶はそれにこたえて、きらきら光る羽をひらりと動かしました。若者も蝶も、娘がこのやりとりに気付いているとは少しも知りませんでした。娘はくすくすと笑って、蝶をそのまま髪飾りに留まらせておきました。

やがて、お客たちのところに、素晴らしいごちそうが次々に運ばれて来ました。ごちそうはどれもこれもよい匂いをさせていて、お客たちは、全部の料理が運ばれてくるまで待ちきれない気持ちになっていました。
若者はふと、料理を運んでくる白い服の給仕たちの中に、一人だけ黒い服を着た給仕がいることに気がつきました。黒い給仕は、ごちそうを取り分けるためのお皿を配っていました。そのお皿には豪華な金の装飾が施されていました。お皿は黒い給仕の両手に高く高く積み重ねられ、ゆらゆらと揺れています。若者は、黒い給仕がお皿を落としはしないかと、ヒヤヒヤしながら見ていました。黒い給仕は若者の横を通りすぎて、庭のまん中にゆっくり近づいて行きました。やがてたくさんのお客も皆、ゆらゆらと高く積み上げられたお皿に気がつきました。客たちも、若者も、それから娘も、今にも落ちてきそうなお皿から目を離す事ができませんでした。
そのときです。黒い給仕は、ほんの一瞬立ち止まり、唇の端っこでニヤリと笑うと、両手に持っていたたくさんのお皿を力いっぱい上に向かって放り投げました。皆は悲鳴をあげました。次の瞬間には、それらはみな地面に落ちて、ぐわしゃがしゃがしゃがしゃんしゃんしゃんんんん と物凄い音を響かせて粉々に割れてしまいました。お客たちは皆、壊れたお皿を見つめたまま真っ白になって、動けなくなっていました。

しかしそのとき若者の目に、きらきらと光るものが見えました。それは蝶の羽でした。お客たちがお皿に気を取られている間に、黒い給仕が美しい娘をさらって飛び去ろうとしていたのです。娘の髪飾りに留まっていた蝶が、羽をきらきらと光らせて若者にこの事を知らせたのでした。
若者は急いで立ち上がると、飛び去る黒い給仕を追って走りました。給仕はまるで、巨大な鳥のように空を飛んで逃げて行きます。若者は力の続く限り走りましたが、ついに力尽きて、その場に倒れて気を失ってしまいました。そしてそのまま真夜中になりました。

ようやく若者が目をさますと、あたりは真っ暗でした。若者は体を起こすと、昼間の事を思い出そうとしました。
「そうだ、私は大きなお屋敷のパーティに行って、あの美しい娘さんをすっかり気に入ったのだ。そしてそのあと、黒い給仕が娘さんをさらって飛んで行った。それを私に教えてくれたのは、そうだ、あの蝶だ。」
そのとき、何かが月の明かりでぼんやりと光りました。拾い上げてみると、それは、少し破れた蝶の羽でした。
「あの蝶は、さらわれて行くときに羽を片方無くしてしまったのだな。可哀想に、無事でいると良いのだが。」
若者は呟きました。すると、蝶の羽は、若者の手からふわりと浮かび上がりました。そして、するりと宙を滑り出しました。若者はそのあとを追って走りました。
そしてしばらく行くと、ぼんやり光る蝶の羽は、動くのをやめて、はらりと地面に落ちました。若者は蝶の羽を拾って胸ポケットに入れました。
見ると、目の前には、大きな、暗闇のように不気味な城がそびえ立っていました。若者は物陰に身を隠し、城の様子を見ていました。
すると、不気味な城から、人の背丈ほどもある巨大なカラスが、恐ろしい声をあげながらどこかへ飛び立って行きました。その姿はまさに、娘をさらって飛んで行った黒い給仕の姿でした。ということは、あの城の中に、娘がいるに違いありません。

若者は急いで城の中に入りこみました。城の中には、世の中のありとあらゆる光るものが集められていました。高価な宝石や、金の首飾りや、大きな鏡や、ガラスのビン、小銭、縫い針、指ぬき、釘…。それから、豪華な金の装飾が施されたお皿もありました。若者はそのお皿を取って、自分のシャツの中に隠しました。若者がどんどん歩いてお城のいちばん奥まで来ると、そこには、宝石のように美しい娘が、ぶるぶると震えて座っていました。その髪飾りには、羽を片方無くした蝶が、残った羽をきらきらと光らせていました。
若者は娘に駆け寄ると言いました。
「私はパーティの出席者です。あなたを助けに来たのです。はやくここから逃げましょう、さあ!」
娘は若者の顔に見覚えがあったので、ほっと安堵のため息をつきました。そして差し出された若者の手をしっかりと握ると、一緒に城の外へ駆け出しました。

二人は走りに走りました。真っ暗な道を、自分たちの町に向かって走り続けました。若者は自分の胸ポケットに手を当てました。娘の髪飾りには、蝶がしっかりと留まっていました。黒い給仕に見つかる前に、早く、帰らなくては!
しかしそのとき、大きな翼の音が二人の頭上に響きました。黒い給仕が逃げる二人を見つけたのです。黒い給仕は、唇の端でニタニタと笑いながら言いました。
「逃げられると思っているのか?」
二人は答えずに必死に走り続けました。
黒い給仕は、娘の髪飾りに留まっている蝶をめがけて飛んできました。若者は素早く胸ポケットから蝶の羽を出して、飛んでくる黒い給仕の目の前に放りました。蝶の羽は月の光できらきらと光り、その光りに惑わされた黒い給仕は方向を見失いました。その間に二人はどんどん走りました。
しかし黒い給仕はすぐにまた二人を見つけました。そして、娘の髪飾りに留まっている蝶をめがけて飛んできました。若者は今度は、シャツの中に隠しておいたお皿をとり出して、黒い給仕に鋭く投げつけました。お皿はビュンビュンと凄い速さで回転しながら、黒い給仕の鼻に命中しました。黒い給仕は痛さのあまり涙を流して墜落し、二人の姿を見失ってしまいました。その間に二人はどんどん走りました。
しかし黒い給仕はすぐにまた二人を見つけました。そして、娘の髪飾りに留まっている蝶をめがけて飛んできました。しかしもう若者はなすすべがありませんでした。すると、髪飾りに留まっていた蝶が、すっと髪飾りから離れました。黒い給仕は、蝶が娘の髪飾りだとばかり思っていたので、不気味に笑いながら蝶に襲いかかり、げろりとひと呑みにしてしまいました。そして、自分は娘を呑み込んだのだと思い込んですっかり満足し、ぐるりと向きを変えると、不気味な城へ向かって飛び去ろうとしました。二人はその様子を涙を浮かべながら見ていました。

しかし突然、黒い給仕が苦しそうな叫びをあげて体を痙攣させながら、ズドオオン、と地に落ちてきました。そして、夜の闇を突き抜けるような最後の悲鳴を響かせて、ぐったりと死んでしまいました。すると、半開きになった黒い給仕の口から、呑み込まれたはずの蝶がふらふらと出てきました。蝶は言いました。
「ああやれやれ。このいまいましいカラスが私をひと呑みにしてくれたおかげで、私は生きたままこいつの腹の中にたどり着き、私のおしりの毒針でこいつの腹を突き刺して、退治することができたのです。もしもあの猫のようにこいつが私を呑み込む前にいたぶっていたとしたら、私はとっくに死んでいたでしょう。」
そして蝶は若者の胸ポケットに留まりました。蝶の羽はきらきらと美しく光っていました。

二人は夜が明ける頃にようやく町に戻ってきました。娘の大きなお屋敷では、娘が戻ってきた事を大変喜びました。そして若者を娘の命の恩人として褒め称え、娘の婿になってくれるように頼みました。そして若者と娘は結婚することになり、盛大な結婚式が行われ、町の人たちみんなが結婚式に招待されました。それからふたりはいつまでも幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。

はじめは「合図」をいちばん効果的に使ったお話にしよう、と思っていたのだけれど、いい案が出てきませんでした。
うにゅーー

* * *

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この記事を書いた人
たまに、加賀 一
そだ ひさこ

子ども時代はもちろん、大人になっても昔話好き。
不調で落ち込んでいた30代のある日。記憶の底から突如、子ども時代に読んだ昔話の場面がよみがえる。その不思議さに心を奪われて、一瞬不調であることを忘れた。自分は昔話で元気が出るんだと気づいた。

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コメント

  1. 次世代書店 伊澤と申します。
    作品読ませていただきました。
    大変面白く興味深い作品ですね。
    塑田様は、朗読作品にご興味は御座いますか?
    私は、小説などを朗読作品にして販売を行っていまして、是非とも塑田様の作品『昔話』を朗読形式で出版させていただきたく。ご連絡させていただきました。
    費用は次世代書店ですべて出させていただきたいと思っております。
    作品の朗読化をご検討いただけないでしょうか?

  2. 久子 より:

    伊澤さま
    はじめまして、コメントどうもありがとうございました。
    小昔話が「聞ける」ようになる事はたいへん興味深いです。
    さきほど、次世代書店さんにあったメールアドレスにご連絡させて頂きました。
    ご確認をよろしくお願いいたします。

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