【作品】「不思議なお鍋の話」

不思議なお鍋の話

むかしむかし、ある町に、小さな料理屋がありました。料理屋には、腕のいいコックと、皿洗いの娘がはたらいていました。皿洗いの娘は、昼も夜もよく働きました。
小さな料理屋には、いつも、お客さんが何人も来ていました。お客さんたちは、美味しいお料理を楽しみにしていました。

ところがある日、この料理屋のコックが、急に仕事をやめてどこかへ行ってしまいました。困った料理屋のおかみさんは、皿洗いの娘に、お料理を作らせることにしました。
しかし娘は言いました。
「おかみさん。私はお料理がとても下手なのです。お願いですからお料理を作る仕事だけは私にさせないでください。」
するとおかみさんは言いました。
「おまえは仕事が増えるのがいやでそんな嘘を言っているんだね。だめだめ、たくさんお客さんが来ているんだから早くお料理にとりかかっておくれ。」
そして、皿洗いの娘がどんなに頼んでも、おかみさんは聞き入れてくれませんでした。皿洗いの娘は仕方なく、お料理を作ることにしました。しかし、娘は本当にお料理が下手でした。
娘は一生懸命にお料理を作りました。しかし、切った野菜はでこぼこに、焼いた魚は黒焦げに、炊いたご飯も黒焦げになりました。そして、使ったお鍋も黒焦げになってしまいました。
娘の作ったお料理を食べたお客さんたちは、みんな怒ったりがっかりしたり泣いたりしました。そして、こんなひどい料理にお金は払えないと言って、ぞろぞろと店を出ていってしまいました。
おかみさんは娘を呼んで叱りつけました。しかし娘は言いました。
「おかみさん、言ったじゃないですか、私は料理が下手なのです。お料理を作る仕事だけはさせないでくださいってお願いしたじゃないですか。」
おかみさんはますます怒って、娘を料理屋から追い出してしまいました。

娘は行くあてもなく、とぼとぼと町を歩いていました。すると、足をくじいて困っている老人に遇いました。老人は荷物を持っていました。老人は娘に言いました。
「娘さん、すまないが、私と私の荷物を背負ってとなりの町にある私の家まで行ってはくれないかね。どうしても今夜中に家に帰りたいのだよ。」
娘は、この老人が気の毒になりました。そして、娘は足をふんばって、老人と、老人の荷物をえいっと背中に背負いました。そして、まあるい月にてらされながら、ずんずん歩いていきました。

やがて、月が真上にのぼったとき、娘と老人と老人の荷物は、となりの町の老人の家に着きました。老人の家には、猫が一匹、留守番をしていました。猫は言いました。
「ご主人、帰りが遅いので心配したよ。今夜中に帰ってきてくれなかったらぼくはおなかがすいて死んでしまうところだった。お皿洗いの娘さん、ご主人を送ってくれてどうもありがとう。」
老人は、よしよしと言いながら家の中に入りました。そして娘に言いました。
「娘さん、今日は本当に助かったよ、どうもありがとう。あんたも中に入りなさい。そして今夜は泊まっていきなさい。猫はあんたを気に入ったようだから遠慮はいらんよ。」
娘は、一晩泊めてもらうことにして、中に入りました。

次の朝、娘は早く起きて台所へ行きました。老人は足をくじいていましたから、かわりに自分が朝ご飯の支度をしようと思ったのです。「焦がさないように気を付けなくちゃ。」と娘は独り言を言いました。しかし、娘が台所へ入ると、老人はもうそこに座って娘が来るのを待っていました。そしてテーブルの上にはもう朝ご飯の支度ができていました。猫はもうご飯を食べ終わっていました。
娘は美味しい朝ご飯を食べ終わると、老人に泊めてもらったお礼を言いました。それから猫ののどをなでてやりました。猫はゴロゴロとのどを鳴らすと、老人に向かって、ニャア、と鳴きました。

さて、娘が帰り支度を終えると、老人は戸棚から古いお鍋を出してきて、娘に言いました。
「娘さん、昨日の親切のおれいに、このお鍋をあんたにあげよう。あんたがこのお鍋を他のだれにも使わせないように気を付けていさえすれば、あんたは一生料理をしなくて済むよ。」
そして老人はからっぽのお鍋に蓋をして、猫に向かって言いました。
「猫や、おまえは何が食べたい?」
すると猫は、
「しぼりたてのミルク!」
と言いました。老人が蓋をとると、お鍋の中にはしぼりたてのミルクが入っていました。猫は美味しそうにミルクをなめました。
「いいかい、今からこのお鍋はあんたのものだから、他の誰にも使わせてはいけないよ。気を付けておくれ。」
娘は老人と猫にお礼を言うと、お鍋を持って町へ出ました。

娘は町で小さな家を見つけ、そこに住みつきました。そしてその家をきれいに掃除して、毎日美味しいお料理をお鍋から出して食べました。やがて、この娘の食べている美味しいお料理が、娘の家のまわりに住んでいる人たちの間で評判になりました。そして、ご飯の時間になると娘の家には毎日だれかしらがやって来ていました。
娘はふと思い立ち、お鍋で美味しいお料理をたくさん出して、広場で売り出しました。するとすぐにお客さんがたくさん集まってきて、あっというまにお料理は売り切れてしまいました。お客のなかに、大きなホテルの主人がいました。主人は娘に言いました。
「こんなに美味しいご飯を食べたのははじめてだ。あんたの料理の腕は世界一だ。すぐに私のホテルにあるレストランで働いてくれないか。」
そして娘は大きなホテルのレストランで働くことになりました。

さてあるとき、あの小さな料理屋のおかみさんが、用事でこの町にやってきました。そしてこの大きなホテルのレストランへご飯を食べにきました。おかみさんは、お料理を運んできた娘を見てたいそう驚きました。そして、お料理を食べてもっと驚きました。そして言いました。
「ああ、あんたがこんなに立派なレストランで働いているのにはびっくりしたけど、このお料理のおいしいことにはもっとびっくりしたよ。ここにはいったいどんな素晴らしいコックがいるんだい?」
娘は答えました。
「お料理をほめてくださってありがとう、おかみさん。ここのコックは、私の古いお鍋です。きっとお鍋もよろこぶわ。」
おかみさんは美味しいお料理に気を良くしてお勘定をたくさん払いました。そして、本当はどんなに素晴らしいコックがいるのか、どうしても知りたくなりました。

おかみさんは大きなホテルのレストランを出ると、こっそり裏手へまわって、勝手口から台所をのぞきました。台所はとても広くて、調理台の上にはたくさんのきれいな食器が並べてありました。そしてかまどには、古いお鍋がひとつ乗せてありました。お鍋のそばには娘がいました。台所には、娘の他には誰もいませんでした。
おかみさんは不思議に思って、娘をじっと見ていました。娘はからっぽのお鍋に食器を入れて蓋をすると、「鶏の香草焼き」とか「カニのスープ」とか、美味しそうなお料理の名前をつぶやきました。そして娘がお鍋の蓋をとると、からっぽだったお鍋の中の食器には、娘が言った通りのお料理が美味しそうに湯気を立てていました。これを見たおかみさんは、あんまりびっくりして、勝手口のかげで口をあんぐりあけたまま、自分の料理屋に帰るのも忘れてしまいました。

あたりがすっかり暗くなり、大きなホテルのレストランが店じまいをしてから、おかみさんはようやく自分の小さな料理屋に帰りました。しかしそれからというもの毎日毎日、おかみさんは娘のお鍋のことが忘れられませんでした。自分の料理屋でお客さんにお料理を出すときにもお鍋のことを思い出し、自分がご飯を食べるときにもお鍋のことを思い出しました。そうしているうちに、おかみさんはあのお鍋が欲しくて欲しくてたまらなくなりました。

とうとうある夜、おかみさんは自分の料理屋の台所から古いお鍋をひとつ持ち出して、娘のいる大きなホテルに向かいました。そして勝手口のそばまで行って、物陰からこっそり中をのぞきました。娘はちょうど後片づけを終えて、自分の小さな家に帰るところでした。娘はお鍋を布に包むと、大事に抱えて勝手口から出てきました。娘は毎日、家からお鍋を持って来て仕事をし、帰りは大事に家に持って帰っていました。娘は老人の言いつけを守って、他の人がうっかりこのお鍋を使わないように気を付けていたのです。

おかみさんは、どうすれば娘があのお鍋から手を離すかと考えました。そして、自分だとわからないように、鼻をつまんで声を変えて、物陰から娘に声を掛けました。
「たいへんだよ、あんたの服のお尻がやぶけているよ!」
娘はそれを聞くと、あわてて両手でお尻をかくして、台所に走って戻って行きました。娘が両手をお鍋から離してしまったので、お鍋は布に包まれたまま道に転がっていました。おかみさんは急いで包みをほどいて、娘のお鍋と自分が持ってきたお鍋を取り換えて、それをもとどおりに布で包み、急いでまた物陰にかくれました。
そこへ娘が戻ってきました。娘は道に転がっている包みを見て「ああよかった、大事なお鍋をほうり出すなんて、私は何てことをしたんだろう。」と言うと、また大事に包みを抱えて家に帰って行きました。

おかみさんは魔法のお鍋を手に入れることができたので、うれしくなって、小躍りしながら小さな料理屋に帰って行きました。
次の朝、おかみさんはニワトリよりも早く目が覚めました。そしていそいそと台所に行くと、きのうのお鍋をとりだして、ニヤニヤしながら言いました。
「さっそく美味しい朝ご飯を食べるとしよう。」
そしてお鍋をかまどに乗せて、蓋をして、言いました。
「この世でいちばんおいしいごちそう、出てこい!」
そしてそっと蓋をとって中をのぞきました。しかし、お鍋はからっぽでした。おかみさんはもう一度お鍋に蓋をして、さっきより大きな声で言いました。
「この世でいちばん美味しいごちそう、出てこい!」
そしてまたそっと蓋をとって中をのぞきました。しかし、やっぱりお鍋はからっぽでした。おかみさんはもう一度お鍋に蓋をして、さっきよりも、もっと大きな声で言いました。
「この世でいちばん美味しいごちそう、出てこい!」
そしてまたそっと蓋をとって中をのぞきました。しかし、やっぱり今度もお鍋はからっぽでした。
おかみさんは腹が立って、悔しくて、泣きながらお鍋を両手でつかむと、かまどのふちにガコンガコンとお鍋をたたきつけました。そして叫びました。
「この世でいちばん美味しいごちそう出てこい! この世でいちばん美味しいごちそう出てこい! この世でいちばん美味しいごちそう出てこい!」
そうやってあんまり鍋に乱暴をしたものだから、ついにお鍋はぼろぼろにへしゃげて穴だらけになってしまいました。

さて、娘はいつものように大事に布包みを抱えて大きなホテルの台所へやってきました。そして包みを開けました。しかし、包みから出てきたのは、あの大事なお鍋ではなく、おかみさんが持ってきた古いお鍋でした。そう、娘が小さな料理屋でご飯を作ったときに焦がしてしまった、あのかわいそうなお鍋でした。

娘は、大きなホテルの主人に今までの事を話しました。お料理を作っていたのはお鍋で、そのお鍋はもうないのだということも話しました。
そうして、娘は大きなホテルのレストランで、コックではなく皿洗いとしてはたらく事になりましたとさ。

* * *

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この記事を書いた人
たまに、加賀 一
そだ ひさこ

子ども時代はもちろん、大人になっても昔話好き。
不調で落ち込んでいた30代のある日。記憶の底から突如、子ども時代に読んだ昔話の場面がよみがえる。その不思議さに心を奪われて、一瞬不調であることを忘れた。自分は昔話で元気が出るんだと気づいた。

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